日本遺産「藍のふるさと阿波」の構成文化財に「川島の浜の地蔵」が追加認定されました

公開日 2021年07月16日

日本遺産

令和元年5月に日本遺産に認定を受けております「藍のふるさと阿波~日本中を染め上げた至高の青を訪ねて~」を構成する文化財に、このたび、令和3年7月16日付で「川島の浜の地蔵」が追加認定されました。

吉野川市は、日本遺産構成自治体と連携して、構成文化財を魅力ある地域資源として観光や交流促進等に最大限に活用することにより、地方創生につなげる取り組みを進めていきます。

 


 

吉野川市指定有形民俗文化財 川島の浜の地蔵

2021(令和3)年3月23日指定 吉野川市川島町川島210-33 地縁団体

川島の浜の地蔵

 川島字城山の岩の鼻展望台の下西側の吉野川に面した麓、川島の浜(川湊)に立つ、川島の浜の地蔵である。
 吉野川流域に点在する台座が高い地蔵は、暴れ川の洪水遺産であり、中流部の低平地に多く集まっており、土地が低く被害が大きかったと思われる場所ほど台座が高くなっている。台座が高い地蔵は、洪水から地蔵尊の像を守ろうとする先人たちの信仰心によって生まれたが、それだけではなく、身近な地蔵に供花・供物を捧げ祀ることにより、毎日の暮らしの中で洪水の恐ろしさを忘れることなく、水防への心構えと水の危険性を子々孫々に伝承してきた無形の民俗文化でもある。
 川島の浜の地蔵は周辺の地面の高さから基礎部分を含めて台座高が2m67cmあり、吉野川流域の台座が高い地蔵のなかでは第3位である。殿様巡視の際、台座が余りにも高すぎるため一つを外してしまったという伝説が残っている。
 吉野川に溺死した人々の冥福を祈って供養のため、天保14年(1843)4月に建立され、以来、川湊に出入りする船の安全を見守ってきた。川島の浜は、吉野川が湾曲しているため、水が出る度に上流から被災者の亡骸が流れついたと伝えられている。川遊びをする子どもの事故も多かったが、「浜の地蔵」として親しまれて人々の信仰を集めるようになってからは、付近の水難事故はなくなったと伝えられている。
 古くから、毎年8月24日の縁日には、ムシロを敷き百万遍の数珠を操り地蔵をお祀りしており、遠近の人々が参詣するので夜市も立ち、灯籠流しも行われる盛況で、大戦中こそ夜市は中断のやむなきに至ったが、数珠繰りと灯籠流しは中断することなく、毎年盛大に行われ、時には浪曲の余興や花火の催しさえあるほどで、昭和50年(1975)代頃からは尺玉や二尺玉と呼ばれる県内でも最大級の花火が打ち上げられるようになり、地方の一名物となっていた。(花火大会は2004年を最後に終了した。)
 台座には、三界萬霊(過・現・未の関係者の霊を祀る碑という意味、供養塔と同じ)と題して、銘文が刻まれている。
 また、台座には願主として、後藤田、阿部、中村、川村、大島姓など、川島の有力な藍師・藍商だった姓と同じものが刻まれており、川島の浜は川島の藍師が徳島の藍市に藍玉を運ぶため船に積み込みをしていた地で、吉野川の川湊として栄えていたことから、藍玉を運ぶ船の安全を願い設置されたとも考えられている。
 堤防とダムが造られ、洪水が以前のように度々起こらなくなった現代でも、8月24日には地蔵をお祀りしている。

 


 

日本遺産「藍のふるさと阿波」吉野川市内の構成文化財

 ・山川町諏訪の藍屋敷

 ・工藤家住宅を中心とした藍関連文化財群

 ・阿波おどり

 ・川島の浜の地蔵(令和3年7月16日追加認定)

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