芳川顕正伯爵生家跡

公開日 2022年11月22日

芳川顕正伯爵生家跡 芳川顕正伯爵生家跡 

 芳川顕正は1841(天保12)年12月10日に当地の医師であった原田民部家の5人兄弟の末子として生まれた。原田家は先代より医療行為を仕事としていたという。少年の頃には近隣の富豪原田辰次郎のもとへ商売見習いに遣わされたという。幼少期の名は原田賢吉であったが、21才の時に徳島市の医師、高橋文昨の養子となり、さらに後には姓を芳川と改めている。高橋家先代の赤水が荻生徂徠の書籍を多く所蔵していたことが、芳川の思想に影響を与えたともいわれている。文部省、司法省、内務省、逓信省の各大臣を務めるなど、政治家として活躍した。また、越山と言う雅号で漢詩を遺している。現在は家屋の礎石や井戸、そして芳川にゆかりのある樹木が残る。

 南には高越山を望み、北には堤防を隔てて吉野川が流れており、明治時代に政界の中枢に身を置いた郷土出身の偉人が生まれ育った環境を偲ぶことができる場所である。

 

吉野川市指定史跡

1983(昭和58)年12月15日指定 

2017(平成29)年  3月17日再指定(種別変更)

吉野川市山川町川田1204 吉野川市

 

地図

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